僕のプロフィールに興味を持っていただきありがとうございます。

世界の夢職(むしょく)者、のぶと申します。

“夢職”とは、

 

・時間的にも金銭的にも困ることなく

・好きな時に好きな場所へ

・自由に旅して暮らすように生活する

 

という夢のような職業です。

“夢職”なので色々自由に生活してます。

 

そんな僕は元々医療系の仕事をしていました。

しかしある日突然仕事を辞め世界一周を目指して出発し50ヶ国を訪問。
帰国後はゆるーい勤務で社会復帰すると同時に縛られない生き方を目指して活動します。

具体的には職業、夢職を名乗り海外と日本の多拠点での生活を目指してます。

 

ここに来てくださったということは、夢職者こと『のぶ』少しでも興味を持っていただけたからだと思います。

それと同時に、

 

色々な事に縛られたくない!

旅行も自由気ままがイイ!

 

と思っているのではないでしょうか。

人生は一度しかありません。

一度きりの人生を自由に生きたいのも当然。でもなかなか難しいのが現実です。

もちろん僕も苦しんだ時期があって、色々試行錯誤しながら今に至っています。

 

そこでまずは僕がどのような過去を辿ってきたのかを知っていただければと思います。

医療に憧れる日々を送る

「医療系職種は食いっぱぐれない」

「安定してて良いよね」

 

こう言われてる医療職種は昔も今も変わらず人気が高いです。

そんな話を聞き流していた学生時代の僕は大の医療ドラマ好き。

あれってめっちゃかっこいいと思いませんか?国内海外問わず医療ドラマの放送開始毎に食い入るように観ては登場人物に憧れ続けていました。

その憧れもあり医療系へ進むことを決めていたのです。

 

そして本格的に医療を学べる大学に受かり、

 

「ついに夢が叶うぜ・・・」

 

と思いながらテンション上がりまくりで意気揚々と過ごしていたのです。

 

周りの友達からも結構羨ましがられて色々言われました。

医療に憧れていながら叶わなかった人も多かったし、今考えると当時の僕はかなり天狗になってたと思います 苦笑

 

でも本当にルンルン気分で夢と希望で満ち溢れていたのです。

現実と理想のギャップ

そして辛いことや楽しいことがたくさんあった大学生活が終盤を迎え、就職内定、卒業研究発表、国家試験合格と順調に進んで無事大学を卒業します。

 

「いよいよドラマと同じ舞台での生活が始まるッ!」

 

まぁ何でもやってやんよ(ドラマ観まくってたし)とか思ってました。

大学で色々な話を聞いてある程度の現実は知っていましたが、やっぱり昔から抱いていた憧れは大きかったし、根拠のない自信で満ち溢れてたことは間違いない 笑

期待に胸を膨らましながら、初めて職場に足を踏み入れたのです。

・・・

ただし・・・、期待を持って就職初日に配属された部署で待っていたのは、

 

・ 急患対応で昼休憩は取れない

・定時という概念がない(知らされなかった)

・ 盆暮れ正月休みなし

・ 休日はシフト制

・ 休日でも急患対応のために自宅待機

 

という激務な勤務体系だったのです。

週休2日制なのですが、本当に週休2日制で祝日は関係なしです。

(まぁ祝日は通勤が楽でしたが・・・)

しかも休日も完全なものではなく自宅待機扱いで出掛けられない状態でした。

入職当初はまだ何とかなっていたのですが、徐々に気持ちが持たなくなり食欲が落ちる日々・・・。

 

「医療職だから普通なんじゃないの?」

 

医療職じゃない人からよく言われたこの言葉にイライラすることも多く、

 

「あんたに何が分かるんだよ!!」

 

こう言い返したくてもグッと堪える日々が続き、自分を誤魔化して仕事していました。

 

医療ドラマは1週間毎に話が進みます(ホント楽で良いですよね)

でも現実の医療は1分1秒がマジの真剣勝負になります。本当に常に慌しく体も気持ちも休まる時間すらありませんでした。

傍から見れば憧れになりやすい医療の世界も、現実は想像以上に厳しいものがあったのです。

この時点で僕の自信は崩れつつありました。あれだけ満ち溢れていた自信だったんですけどね・・・。

今考えればありがちな話なのかもしれないですが、自分の身に起こるとは考えもしなかったわけです。

あと、職場の携帯電話を持ったことがある人なら分かってくれると思うのですが、緊急の電話は本当に心臓に悪いです。

仕事が終わって自宅にいても当然呼び出しがあるわけで、緊急事態なので即病院に向かわないといけません。

なので電話が掛かってくることを考えるとお風呂にもトイレにも行けませんし、一番きつかったのは全く眠れなくなったことです。

 

「いつ電話が掛かってくるか分からない」

「掛かってきたらすぐに家を出ないと・・・」

 

これが続くと心身がおかしくなります。

でも、たとえ眠れなかったとしても着信があった時(着信音が鳴った時)は本当に心臓が飛び出そうになるくらいびっくりします。

 

あれだけはずっと慣れなかった・・・。

今でも着信音はトラウマで音が出ないようにしてるくらいです。

仕事はしているのでお金は貯まりますが、嬉しいという気持ちは全くありませんでした。徐々に明細も確認しなくなったので自分がどれくらい貰っていたかも覚えていません。

使う時間なんて全く無いので通帳を見たりすることもなかったし給料日なんて気にする余裕もありませんでした。

覚えているのは食費が異常に少なかったことだけです。

 

ただし辞めるとお金は全く入ってきません。

人の命を預かる以上、常に気を張る必要があり休むなんてとんでもなかったのです。

 

『仕事をしてる以上持つべき責任』

『自分を否定し続ける意思』

 

この2つに板ばさみにされた僕は体と気持ちが蝕まれていって・・・

お前、倒れたらゴミ箱に捨てるからな

僕は病院の花形であり激務で有名な部署に配属されました。

激務という理由で避けられていたその部署には、鬼上司ひとりだけが所属していたのです。

予想通り、上司は暴言を撒き散らします。

 

髪の毛は自分で切れ

(急患が来るから床屋に行くな)

地下鉄には乗るな

(急患の電話が繋がらなくなる可能性がある)

職場から徒歩自転車で10分以内の場所に住め

(急患対応のため)

患者は全て自分の親と思って対応しろ

(自分の親が亡くなったら嫌だろ?)

 

ずっと自分を押し殺し無の心理状態を貫いてきた僕にとって、こういうセリフはそこまで大きい影響がありませんでしたが・・・、

ただしある時、

 

この部署に労働基準法があると思うな

お前、倒れたらゴミ箱に捨てるからな

 

こんな言葉が出てきたのです。

 

ここで今まで何とか保っていた緊張の糸がプッツリ切れてしまいました。

 

本当に突然切れたのです。

自分でもなぜ切れたか分からないですが、プッツリ切れてしまったのです。

プッツリ切れた後は全身の力が抜けたような感じになり、周りの景色が全てモノクロに見えるようにな状態になりました。

 

それと同時に今まで憧れていた医療ドラマの主人公も一気に憎くなりました。番組内容と同じで一週間毎に仕事が進めばどれだけ楽か・・・。

今振り返ると相当捻くれてるなと思うのですが、当時の自分は真剣にこう思ってたのです。

 

・・・

 

当然ですが仕事に罪は無いです。

目の前で患者さんが亡くなったこともあるし、蘇生できた患者さんも見てます。

やりがいも感じてましたし自分の非力さも感じました。

ただしそんな気持ちは関係なく運ばれてくる急患に対応しないといけない。

日々これが繰り返され、徐々に気持ちがおかしくなり何も感じなくなってきたのです。

 

もしかしたら仕事が原因で病気になるかも?

病院って病気を治す場所じゃないの?

 

そう思いました。

旅立ち、そしてその後

今考えると当時の僕は常に何も考えられない状態になっていました。

職場にいても自宅にいても気持ちは何も変わりませんでした。

 

そしてある時、ふと仕事を辞めました。

 

突発的にすっぱり辞めたのです。

この段階に来るまでは完全に思考停止な状態で『辞める』という考えにすら行き着きませんでした。でもある時突然急に「辞める」という考えが浮かんだのです。

そして突然僕は、

 

世界一周しよう!

 

と思い出発しました。

普段は全く出掛けられない状態だったので、休みの日は自宅でネット上の旅行記を見るのが唯一の楽しみでした。

そんな僕はいつか世界一周してみたいなと思ってたのです。

海外旅行経験はほぼ無い(転職の合間に行っただけ)のに突然行きました。

本当に突然で当時住んでいたマンションを引き払う際に掃除する時間もなく、不動産屋からは「めちゃくちゃ汚いです」と言われる始末 笑

しかしそんなクレームも物ともせず(?)世界一周に飛び出したのです。

2年間で50もの国を訪問し、楽しいことも辛いこともありましたが気持ちはかなり楽になりました。

ただし帰国後は社会復帰しないといけません。

 

でも何も考えず病院に戻っても同じことを繰り返すだけ。

それは嫌だなぁ・・・苦笑

 

何か方法はないかと、バンコクの安宿でネットサーフィンしながら情報を集めていました。

その時に、

 

僕と似たような状況でも自由に生活している

そういった人達は互いに交流しあい情報共有している

 

という事実を知ったのです。

それこそが正に、

 

夢職者への道

 

だったのです。

僕は日本と海外を自由に行き来できる状態を目指すため、社会復帰と同時に同じ夢を持つ人が集まるコミュニティに参加しました。

そして夢職者への道を歩み始めたのです。

その結果の例をご紹介すると、

このような感じで月に50万円程度の報酬を得ることもできました。

これでとりあえず準備はできたかなと。何をするにもまずは実績がないと始まりませんしね。

これくらいあれば気持ちにも余裕ができるし、今度は夢職を目指す人に共有できればなぁと思うようになったのです。

好きに生きていい

「かつての僕」のような人ってたくさんいると思います。僕はそんな人たちを集めて楽しめればいいなぁと思うことが多くなりました。

僕は旅行話ができる嬉しくなります。というか旅行話になると饒舌になります(普段は人見知りで喋りません!)

同じような仲間がいれば趣味の話もできるし新たな情報共有もできます。そんな環境があると僕も仲間も成長できるし何より楽しいと思いませんか?

やっぱり苦しいことばっかりじゃ嫌ですよね。やりたい事とか趣味があるならやるべきです。

良いんですよ、好きに生きて。だって自分の人生じゃない。

 

僕は仕事で辛い思いをしました。

でも思い切って環境から抜け出すことで気持ちを一新し出発することができたのです。

 

生き方はひとつじゃない

人生に幅を持たせることができる

僕が歩んでいるような道がある

好きな時に旅行できる

世界一周だって可能!

 

こういったことを広めて、同じ考えを持つ仲間ができればと思っています。

でもこの道は独りだけで歩めるものではありません。助け合える仲間は絶対に必要です。

 

教科書だけを読んで全てを理解できましたか?

会社の作業マニュアルを読んだだけで完璧に仕事をこなせるようになりましたか?

一人で行動して寂しさを感じたことはありませんか?

誰かがいてくれたらなぁと思いませんか?

 

ほとんどの人がそうではないはずですよね。

どんな事であっても指導者や仲間がいた方が良い結果にたどり着くまでの時間は何倍も早くなるのです。

僕はこの環境下で活動したことで、

 

時間的にも金銭的にも困ることなく

好きな時に好きな場所で

自由に生活する

 

という夢のような職業である夢職を得ることができました。

何よりも楽しく学んで自由を掴むことができれば良いな!なんて思ってるのです。

そして現在、僕は日本に定住しながら月1回程度海外に出向く多拠点生活ができるようになりました。

 

かなりの長文になってしまいましたが、僕の経歴を読んでいただきありがとうございました。

でもここまで読んでくれたということは、”夢職者”の僕に共感してくれたのではないかな?と思っています。

 

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!